会場へ向かう電車の車窓から見える街は、季節はずれの雪がもたらした冷たい空気と春の陽射しとが軋みの不協和音を奏でていた。
冷えた空気に熱がぶつかり、熱っぽさに冷気が浴びせられる場所に宿るその音には、凛として時雨のイメージを重ねずにはいられなかった「闇に街が呑み込まれる寸前のこんな一瞬には『夕景の記憶』が聴きたい」という思いと共に…。
ピエール中野(Drums)が「やっと両親を(ライブに)呼べました」と語っていたように、バンドにとっての初アリーナ単独公演は、地元での凱旋公演という意味合いも。さらにライブハウスの数十倍とも言える観客数も相俟って、開演前の会場は、凛として時雨のライブとしては非日常的な空気を漂わせていた。
だが、ピエール中野の前説アナウンスが披露されると、ライブ的日常が取り戻され、ステージに現れた3人は、互いの呼吸を確認し合える、いつもどおりの距離感の中でプレイをスタートさせた。
オープニングは「鮮やかな殺人」。TK(Vocal&Guitar)の痛切な囁きの歌からコレクティヴな3人のプレイで一気にカオスへと音楽を導いていく曲は、出典が1stアルバム(『#4』)からという懐かしさよりも、今の凛として時雨の鳴りの方を強く感じさせた。
視点を変えればそれは、硬質さを増した鳴りで結んでもなお本質を失わない楽曲そのものの強靭さも物語っており、そんなバンドの“今”の感覚と楽曲のタイムレスな感覚は続く「Sadistic Summer」(こちらも『#4』より)でも確認することができた。
上記の流れが示すように、セットリストはこれまでに発表された3枚のアルバムと1枚のミニアルバムからの楽曲が満遍なく配され、凛として時雨がこれまでバンド・サウンドの中に刻み続けてきた音楽的指紋の総ざらえのような趣を漂わせていた。
その中で披露された新曲「I was music」は、自らの歩みを確認した上での次を感じさせる1曲であった。
囁きと叫びがテンションの振り切れたところで切り結ぶ曲は、刺々しい音像と性急なリズムと響き合いながら、音楽の中に沈み込んでいる景色や感情の彩り浮き彫りにしていき、特にどきつい赤色のライトが点滅する場面では、視覚でも音楽の色彩を体感することができた。
彩りということでは、TKが座りの体勢でクラシック・ギターをプレイする「Tremolo+A」も、歌詞の中で描かれている「紫の季節」を耳と目の両方でイメージすることが出来た。
「Tremolo+A」からの中盤はミニアルバム『Feeling your UFO』からの曲も織り交ぜての構成で、「想像のSecurity」では観客が一体となって飛び跳ねる地揺れで体全体が揺さぶられ、ひたすら前のめりに…でも1音1音の運びはリアルな「テレキャスターの真実」では神経系に直接ギターのシールドを差し込まれたかのような感覚の揺さぶりが感じられ、曲が進むごとに観ている側もまた音楽の一部になりつつある思いが増していった。
ツアータイトルに掛けるなら“We were music”な感じで…。そんな中盤の締めは「momentA rhythm」。扇状に広がっていくレーザー光線の中に、幻灯の如く、切実なメロディが孤独の景色を映し出す時、心は自然と孤独に関する自分なりの物語を追っていた。
そう、言葉になりきれない混沌で揺さぶるサディスティックな装置もあれば、こんなふうにイメージを膨らませたくなるやさしい装置も存在するのが、凛として時雨のライブの醍醐味なのだ。
もちろんピエール中野のMCも醍醐味のひとつであり、要塞と化したドラムセットの中で千手観音の如くプレイされるソロと共に披露されたMCは、御両親が観に来ている話や、同級生(ピエールに中野とって音楽を始めるきっかけとなった存在)のお父さんと呑みに行った話などを織り交ぜた凱旋公演仕様。
さらに御両親に捧げられた観客とのコール&レスポンスは壮観のひと言で、ドラムソロからなだれ込むように奏でられた「JPOPXfile」では、バンドと観客が一体となって音楽的エクスタシーを貪る光景が広がっていた。さらに「Telecasticfake show」、「nakano kill you」と、音楽的エクスタシーは曲を重ねるごとに加速していくばかり。そして「感覚UFO」でその頂点は訪れるのだが、今回のツアーで初めて披露された「夕景の記憶」でバンドは再びイメージ膨らませる場面を用意してくれた。
個人的にはあの車窓から聴こえてきた陽射しと冷気の軋む夕景を音楽の中に見ていたのだが、息が続く限りの歌とそれを支える演奏に恭しく耳を傾けていた人の数分の夕景がそこには映し出されていた。
だが、夕景がいつしか夜の闇に呑み込まれてしまうように、345(Bass&Vocal)のMC(物販紹介と観客への感謝)を挟んで奏でられた「傍観」をもってライブは終了。
「傍観」での残酷な赤色を背景にした影絵のような3人の姿が記憶に変わっていく時、陽射しを失った街は、冷たい吐息を首筋に吹きかけた。
高揚する心の熱と街の冷気が心地よい衣擦れを起こす中、不意に「今日の記憶が殺されませんように」という無意識の声が聞こえてきた。
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